ボランティアには様々な形がある。
ボランティアをいろんな方向から考えてもらうために、
活動に取り組む輝いている人を紹介するコーナーです。今回は様々な海外での経験やボランティア活動を続け、この春から中学校教諭になる鈴木晴美さんです。
鈴木 晴美 さん
(すずき はるみ)
プロフィール:
北広島市出身。北海道教育大学数学科4年生。
在学中にマレーシアスタディツアーに参加し、環境問題などを考える。
その後、フィリピンミンダナオ島の児童養護施設イースタービレッジでボランティア活動を続ける。
【海】外に行って視野が広がった
◆ 海外に興味を持ったのはいつくらいからですか
高校2年のときにフィリピンのツアーに参加したのがきっかけです。大学に入ってからは教育のために何かできないだろうかと考え、サハリンの体験・友情の船や、マレーシアのスタディツアーにも参加しました。
◆ 海外に行くことによって何か変わったことはありますか
初めは別な国という意識もあり、言葉の壁もありましたが、時間が経つにつれ同じ人間なんだなって強く感じるようになりました。世界を見る目が広がったような気がしますよ。
◆ フィリピンのボランティア活動ですが、どのくらいの期間行っていたのでしょうか
2005年の4月から8月と、11月から翌年の3月までと合計で約6ヶ月間、ミンダナオ島のアポ山麓の児童養護施設で、寝食共に過ごしながらの活動でした。2歳から18歳までの20名くらいの子どもたちと一緒の暮らしだったんです。
◆ ミンダナオといえば、日本人コミュニティのあったダバオが有名ですよね
そうですね。第2次世界大戦前は20000人もの東南アジア最大のコミュニティーがあったんです。私のいたアポ山(北コトバコ州)はキリスト教とイスラム教の争いが耐えない場所でもありました。
【笑】顔のある子供たちに勇気づけられる
◆ 最初、ボランティアに入ったときに何か感じたことはありますか?
はじめはとにかく言葉の面で苦労しました。英語を話す人も少しはいるのですが、基本は現地のビザヤ語。マニラで話されているタガログ語とも違うんですよ。そういう意味では不安でしたが、毎日、ニコニコと笑顔の子どもたちには勇気づけられました。
◆ 普段の生活はどんな感じなのでしょうか?
私も、みんなと一緒に生活をして食事当番などをします。児童の他にスタッフが7名くらい、あとは現地のボランティアの方も沢山いらっしゃいました。ほとんどが自分たちで育てた野菜料理でしたが、私は日本の紹介に“ギョウザ”をつくりました。
◆ 他にはどんなことをしましたか?
そうですね。近くの海岸に歩きに行ったり、ちょっとした遠足気分で出かけたりもしました。また、小学校や中学校にも行って、英語や日本語を教えたり、日本文化の紹介なんかもしていました。
【ソ】ロイソロイはビザヤ語で、あてもなく歩くの意味
◆ フィリピンと日本の子どもたちの違いはありますか
施設の子どもたちはいろいろな事情で来ているわけですが、みんなの笑顔がいいですね。生活は貧しいけれど、心から幸せを感じることができるんですよね。ビ
ザヤ語で「ソロイソロイ」という言葉がありますが、あてもなく歩く・・そんな気ままでストレスのない状態だからこそ、明るくなれるのかもしれませんね。
◆ この経験をどういかしてゆきたいですか?
私はこれから教育という分野に関わるわけですが、是非、フィリピンの子どもたちの生活を紹介しながら、子どもたちの気持ちをつないでゆきたいですね。
◆ 最後に晴美さんにとってボランティアとは何ですか?
いろいろな子どもたちに会って生活をしていった経験は本当に私を大きくしてくれたと思います。施設でのボランティア体験というものよりも、家族のような絆
で今は結ばれていると実感します。国という意識を忘れて、人と人とが触れ合うことそんな身近なことが私のボランティアだと思います。これからは、フィリピ
ンと日本の架け橋として教室でも紹介してゆけたらと思います。
(文・池田 誠)

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