エイガなハナシ #9― 坂道でヒトリゴト ―
― 坂道でヒトリゴト ―
穏やかな冬の夜、母が静かに逝った。22時15分、病院から連絡がありスッ飛んで行ったら、呼吸が止まっていた。いつもの様に普通に眠っているだけだったが数値はゼロ。もう二度と目を醒まさない、永眠である。ずっと覚悟はしていた。ついに、とうとうその日が来たのか、と深呼吸をした。母の顔に手を当ててみた。体と心のどこかが小さく震えた。何かがグーッと込上げてきて泣きそうになった。悲しみの塊みたいなやつが暴れているのをクールに感じていた。最後は苦しまずに旅立った様だ。25年前の父の時も死に目にあえなかった。そういう運命なんですね。その後、家に戻ってやるべき事を必死にやった。気がついたら夜が明けてきた。コーヒーを淹れ、窓の外をぼんやり眺め、夜と朝の間の空の色の動きを見ていたら無償に音楽が欲しくなった。あまり考えず無意識的にグリーグのペール・ギュント組曲「朝」と「ソルヴェーグの歌」をかけた。美しくて、しみじみと心に沁みたのでした。それから3週間ほどはクラシック音楽ばかりかけていた。何故か心にしっくりきて精神が安らいでいる。年季の入った死生観があるのだ。古典音楽の意味や力に改めて触れた気がした。
母は戦前、結婚前に松風町の洋裁店にいたらしく、そこの2階の喫茶店でいつも「ラベルのボレロ」がかかっていて青春の一曲だった。ボレロといえば母を思い出してしまう。死んでしまえばその人の「音」も消える。母の話す音、酸素を吸入する音、生活している小さな音、その人に関わるすべての音が無くなったと自覚した時、生が終わった現実を実感するんですね。
音は偉大だ。映画芸術の中でも音の持つ要素は大きい。役者の声も背景音楽も含めて、映画は音であると言っても過言ではないだろう。耳を澄ましていきましょう。
P.S「おくりびと」で滝田監督が有名になって超嬉しい。「壬生義士伝」も傑作です。見てやってくださいね!
(文/カフェやまじょう 太田誠一)

ボラットスタッフの、なにやら楽しげな編集日記。見てね!
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