今も昔も変わらずに、ずうっとそこにあるモノ。
人から人へ、手から手へ、ずうっとつたえられるモノ。
想いがつながるモノがたり。 |
台所に広がる懐かしい匂い。せいろから上がる湯気でほわんと暖かい。炊き立てのお赤飯の匂いに混じるやわらかい木の香りが心地良い。せいろから木鉢へとうつされたお赤飯は、一粒一粒がつやつやぴかぴか。「昔はね、田植えは農家にとってお祭りのようなものだったから、田植えの時は必ずこうしてお赤飯を炊いて、家の人はもちろん手伝ってくれた人や隣の田んぼの人に振舞うものだったの。いたどりの葉に包んでね。」
亀尾町で、3代に渡って農業を営んで来た田村さんのお家には、ずうっと使われ続けてきた大切な「道具」が色々。中でも、この木鉢は一年を通して大活躍。「いつから使っているかって?そんなのわからんよ。俺が生まれるずっと前からあるんだから。」木鉢の年齢は不詳。
お赤飯というと、お祝い事の時に食べるものという印象だけれど、田村さん家ではお祝い事や節句はもちろん、運動会や親戚が集まる時、嬉しい時も楽しい時も、何でもない日にだって「お赤飯はみんな好きだから、いつと限らず食べたい時に作る。」作る時には必ず使う木鉢の出番も多い。代々、お母さんからお嫁さんへと受け継がれ、大切にする心と一緒に手から手へと渡るモノ。所々、割れ目が入ったり角が磨り減って丸くなっていたり。木なのだから、当たり前。ちょっとした傷も歴史のひとつ。直せるものは直しながら大事に使う。
田村さんちの今も活躍する「働きモノ」は、ずっと一緒に長い長い時間を過ごしてきた、家族のような宝モノ。(文/さとうあやこ)

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