2007年春号

ボラットおかげさまで3周年

ボラットのみなさま、発行3周年おめでとうございます。いつも楽しく拝見しています。思い起こせば03年10月の北海道国際交流センター(HIF)25周 年分科会でお話させていただく時に、池田誠さんからボランティア情報誌の創刊計画を打ち明けられたのが最初でした。合わせてFMいるかのDJ丸藤競さんの 番組に出演させていただき、リスナーに向けて「道南にもボランティア情報誌ができたらいいですよね~」と言ったら、丸藤さんがすでに乗り気で!結局その 日、喫茶OldMiss菊で、3人で、ああでもないこうでもないとおしゃべりしましたよね。 単なる夢話に終わってもおかしくない程度だったのに、皆さん本業を持ちながらもすぐに準備して創刊。発行を継続されていることに大変感銘を受けています。
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無料ボランティア情報誌に関しては多少早く始めた分、先輩風を吹かせたい「月刊ボラナビ」(札幌の情報を掲載)。でもボラットの強みの一つに、ケーブルテレビNCVやラジオFMいるかとメディアミックスをおこなっていることがありますよね。真似したいところですが、なかなか実現せずに至っています。これからも私たちにいい刺激を与えてください。
あぁでも、ボラットもいよいよ毎月発行ですか~。楽しみにしていますよ。(え、違うの?)それでは皆様、お元気で。

NPO法人ボラナビ倶楽部
代表理事 森田麻美子(札幌)



 

 ボラット3周年おめでとうございます。
人の想いと想いをつなぐ架け橋として、これまでに函館市民に多くの感動や喜びを生んできたことと確信しています。日本人でまだ70%くらいの人がボラン ティアをしたことがないと言われています。一方でボランティアをしたくともどうしたらよいのかわからない、情報がない、という人が多くいるといわれていま す。 人は昨日まではボランティアをしたことがなくても、今日は「やってみよう!」「やってみたい!」と気持ちが変わることが多々あります。こうした人々に とってボラットは重要な情報源となります。
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 ここ旭川でも当団体が主催する、ボランティア体験の参加者も増加してきており、ボランティアの輪は年々確実に広がってきていることを実感しています。「人」という字は人と人がお互いに支えあってできています。一人じゃないから喜びもうれしさも感動もあり、悲しみや苦しみ、寂しさは癒されていくと思います。ボラットによって、人と人の出会いと、新たな発見の場がますます広がりますよう、今後も市民の心のSUN(サン)であり続けますようお祈りしております。

NPO法人 旭川NPOサポートセンター
事務局長  森田 裕子(旭川)

3。私の人生のキーワードだ。3年サイクルで3度転職後、3周期を回った9年目で再転職。自称「3年シンドローム」だ。チャレンジ隊は2001年発足。お 年寄りのファッションショー、心と肌の交流「くしろゆび相撲」の普及、障がい者らへのメイクによるリフレッシュ事業「おけしょー隊」など、楽しみながら福 祉や社会教育を体験できる活動を進めてきた。発足3年目、期せずして多くの仲間が旅立った。転職、転勤、病、引きこもり、家族問題、死…。私たちにできることは何?答えは「もっとワクワクする活動を発信する」ことだった。
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  語るより、それがメッセージ。そして「じゅう箱のスミ」も生まれた。あれから3年、旅立ったやつらがなぜか一斉に戻ってきた。出稼ぎ、世界一周、家出…それぞれの流浪を経て。「チャレンジ隊のために帰ってきた」なんて恩着せがましいやつもいるが、まぁ言わせてやろう。その街に暮らす理由を一緒に作ることも市民活動の役割だと、3年たって帰ってきた人たちの笑顔を見て思う。ボラット3周年、おめでとう。アラっ?!「じゅう箱のスミ」も3周年だ。さぁ次は…。

ボランティアネットワーク・チャレンジ隊代表・市民活動応援マガジン「じゅう箱のスミ」編集長 佐竹直子(釧路市)

ボラットさんみーつけた!

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ランティアには様々な形がある。
ボランティアをいろんな方向から考えてもらうために、
活動に取り組む輝いている人を紹介するコーナーです。今回は様々な海外での経験やボランティア活動を続け、この春から中学校教諭になる鈴木晴美さんです。

borattosann.jpg  木 晴美 さん
(すずき はるみ)
プロフィール:
北広島市出身。北海道教育大学数学科4年生。
在学中にマレーシアスタディツアーに参加し、環境問題などを考える。
その後、フィリピンミンダナオ島の児童養護施設イースタービレッジでボランティア活動を続ける。

【海】外に行って視野が広がった
◆ 海外に興味を持ったのはいつくらいからですか
高校2年のときにフィリピンのツアーに参加したのがきっかけです。大学に入ってからは教育のために何かできないだろうかと考え、サハリンの体験・友情の船や、マレーシアのスタディツアーにも参加しました。
◆ 海外に行くことによって何か変わったことはありますか
初めは別な国という意識もあり、言葉の壁もありましたが、時間が経つにつれ同じ人間なんだなって強く感じるようになりました。世界を見る目が広がったような気がしますよ。
◆ フィリピンのボランティア活動ですが、どのくらいの期間行っていたのでしょうか
2005年の4月から8月と、11月から翌年の3月までと合計で約6ヶ月間、ミンダナオ島のアポ山麓の児童養護施設で、寝食共に過ごしながらの活動でした。2歳から18歳までの20名くらいの子どもたちと一緒の暮らしだったんです。
◆ ミンダナオといえば、日本人コミュニティのあったダバオが有名ですよね
そうですね。第2次世界大戦前は20000人もの東南アジア最大のコミュニティーがあったんです。私のいたアポ山(北コトバコ州)はキリスト教とイスラム教の争いが耐えない場所でもありました。

 【笑】顔のある子供たちに勇気づけられる
◆ 最初、ボランティアに入ったときに何か感じたことはありますか?

はじめはとにかく言葉の面で苦労しました。英語を話す人も少しはいるのですが、基本は現地のビザヤ語。マニラで話されているタガログ語とも違うんですよ。そういう意味では不安でしたが、毎日、ニコニコと笑顔の子どもたちには勇気づけられました。

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編集長対談第2弾 私たちが地域に発信できること

前回は、43年の歴史を持つタウン誌「街」という大先輩のお話を伺うことのできたこの「編集長対談」。今回はみなさんおなじみ「FMいるか」に突撃してみました。同じ「ヒロオ」という名前同士の対談となりましたが、宮脇さんの熱いメッセージの数々にただただ聞き入ってしまいました!
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宮脇寛生(みやわき ひろお)
FMいるかプロデューサー。函館出身。東京の大学在学中より放送局に携わり、製作会社勤務を経て函館へ帰還。その手腕を地元で発揮し続けている。
  大山紘生(おおやま ひろお)
「ボラット」編集長。札幌出身。約10年前に函館に住み始め、それから洋服屋と飲食店を手がけつつ、数多くの音楽やアートのイベントを主催してきた。
誰もが通るラジオの道
宮脇(以下/宮):私は高校まで函館にいて、大学と仕事でおよそ10年間東京にいた後に戻ってきたのですが、向こうでもラジオの仕事をしていたからたまたま縁があったということで。でも元々ラジオは好きで小学校の高学年からよく聴いてましたね。

大山(以下/大):僕も聴いてましたね、中高生のときに。
宮:誰もが通る道かなと。
大:そうですね。最近の若い人たちは聴いてるんですかね、相変わらず。どうでしょう?
宮:好みが多種多様になってきているので、あまりラジオから今の流行を持ってこよう、情報を得ようという意識っていうのは、若い人には少なくなってきているんじゃないかと思います。やっぱりインターネットは大きいですね。
大:選択肢がありすぎて逆にどこにいっていいのか...。なんでもアリみたいになっていますよね。


時代はメディアミックスへと
宮:情報格差がインターネットが出てきたことによってなくなってきているとは思いますが、地域性がなくなると困るのでどういう形でそれを出していくのか。放送以外では、ホームページだったり、今流行のブログで日記風にしてみたりすることによって、普段私たちが考えていることや個性をアピールできるツールになりますよね。いわゆるメディアミックスという言い方をするんですけど。そういう意味ではインターネットは非常に放送局にとっても大きなツールになっていると思います。
大:ボラットもそうですね。紙面以外にも、ホームページや、あとNCVさんの番組とのタイアップもしています。
宮:とにかく知ってもらうことからじゃないですか。効果的にいろいろなメディアを使うっていうのは重要ですよね。うちも紙媒体もやっていますし、それぞれの長所を出していけるといいですよね。
大:ボラットも、ボランティアの情報を伝えることには変わりありませんが、そこを太い幹としたうえで、「ボランティア」という言葉ひとつで反応する人、しない人で振り分けられてしまうことなく、まずは気軽に手にとってもらえるようになればいいです。

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スローライフスケッチ

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ボランティア=お金が全てではない=スローライフ、そこに流れる心は同じ。そんな人々を紹介したい。

「異国の生活色と、今に描くスローな日々」
~工藤隆二さん~
2年に及ぶ青年海外協力隊の任務を終え、中米ベリーズから昨年帰国。
今年4月から手作りオーダーメイド家具などの店舗を森町でオープンの予定。

 笑いの種としてよく彼が語ってくれる話がある。大学院在籍中に友人を頼りに訪れた中国。空港で現地人に間違われ、気付けば入国審査無しで香港に降り立っていたという。失礼は承知だが、日本人に見えなかったとしても無理もないかもしれない。中米で2年間暮らしたと聞けば大いに頷けるその風貌。冬でも天然の日焼けに個性的でキュートな髪型が良く似合う。のんびり、おおらかで、やさしい。しかし、スローライフが自然と切り離せないものであるのと同じように、きっとそこには厳しさも同居しているはずだ。
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  そもそも、海外への興味の原点は、かの中国旅行にあったという。高層ビル建設ラッシュの上海。一方で、ふと目を移せば今にも倒壊しそうな家屋があり、 
子どもに物乞いをさせる親がいる。初海外、初一人旅で若者が受けたカルチャーショックだ。青年海外協力隊の派遣先として向った中米のベリーズも、決して裕福で治安がいい国だとは言えない。彼の仕事場である小学校はダウンタウンにあり、アッパーサイドとはまるで違う雰囲気で、貧富の差が如実に解かるという。授業中に昼の街中でガンシューティングが始まったこともあるそうだ。現在は治安悪化のため、彼の後任として美術教師を務める隊員は派遣されておらず、子どもたちのことが気にかかると彼は言う。
ベリーズで彼が得た多くの経験の中で、今実際に活かされているもののひとつが現地の手工芸品だ。

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[道南あれコレ] ひめりんごワイン&ボトムアスパラ活用

ひめりんごを北斗市の特産物に!


北斗市にある公園通り。そこに300mほどにわたってひめりんごの街路樹が植えられています。20年以上前に観賞用に植えられたもので、秋になると真っ赤なかわいらしい実をつけます。
しかし、このひめりんご、カラスも好まないというほどマズイ。。見頃をすぎたひめりんごは、路上に落ちて、車に踏まれ、路上を汚すものとなってしまいました。

「いっそうのこと街路樹を切ってしまい、別なものに植え替えよう」そんな声があがり始めた頃、近所の酒屋さんが常盤町会に「ワインにしたらどうだろう」と提案しました。とはいえ、ニガイひめりんごは酸味のバランスがむずかしく、何年か試行錯誤を重ねました。

そして製品化したのが4年前。北斗市発の特産ひめりんワインが完成ました。収穫は町会の有志があつまり総出で行います。

うすい琥珀色の風合いに、香り豊かで、ほどよく甘い味わいからは、あのお騒がせひめりんごとは思えないほど。ひめりんごワインは春、桜の季節に北斗市陣屋まつりに本数限定で出品される予定です。今年は1200本のワインが仕上がる予定です。

 

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ボトムアスパラの有効利用の可能性を探れ!

西洋農業発祥の地ともいわれる七飯町。夏の冷涼な気候を生かし、ほうれんそうやカーネーションの栽培が盛んであり、人参、大根のトンネル早出し栽培や、大根収穫後に植えるながねぎなどを栽培し、緑肥にマリーゴールドを導入するなど、クリーン農業に力を入れています。

その中で注目なのものといえば、春が旬のアスパラガス。新陳代謝とタンパク質の合成を促進するので疲労回復に効果的といわれる栄養満点の野菜だ。しかし、収穫時には28cmくらいだが、出荷する時は24cmに調製されるので、ここで調製残渣がでてしまう。収穫したばかりのものは、根元の部分もそれほど硬くなく、十分食べられるのだ。もったいない!!

そこで我が4Hクラブでは、この残渣部分の有効利用を考えようと決断したのです。

平成17年度に出荷されたアスパラガスは41t。調整残渣の部分を4cmとすると製品の1/6となり、この年に廃棄された量は7t以上と推測され、市場流通はされていない。そこで地元FMいるかのラジオ番組のメンバーで、「ボトムアスパラ」の有効利用を考えてみようということになったのだ。

「大門横丁」の26店舗の店主で構成される「大門ハイカラクラブ」とも連携し、ボトムアスパラを利用した新しいメニューの開発が始まりまった。自ら情報を発信することにより自分の考えを知ってもらい、それに対する意見を聞くことができたボトムアスパラプロジェクト。

これからは、様々な角度から色々なことに目を向け、多くの交流の中で色々な可能性に挑戦してゆきたい。我ら、4Hクラブチャレンジ隊は今日も新しい可能性に向けて挑戦して行く!


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七飯町4Hクラブ紹介
会長 安藤正悟
昭和25年創立。平成12年に創立50周年を迎えた。今年で56年目。
主な賞歴
平成6年度 第1回ホクレン夢大賞 研究普及部門優秀賞
平成9年度 北海道優秀農村青少年クラブ表彰
平成10年度 優秀農村青少年クラブ 農林水産大臣賞
平成16年度 北海道青年農業者会議 演示部門 優秀賞 他多数

世界の料理レシピをGETしよう!第5回

街で美味しいとうわさのお店を直撃取材し、シェフからお家でもできる世界の料理のレシピを教えてもらいました。
今回は、函館のスープカレー界の老舗、ぐるぐる本舗の店長 小平克己さんに、お店には出していない秘蔵のスリランカ風エビカリーを教えていただきました。

スリランカカレーの特徴は、すでに粉になったスパイスミックスを使うこと、そしてココナッツミルクとモルディブフィッシュ(かつおぶしのようなもの)、ライム(カレー以外のものにも何にでもかけて食べる)だとか。素材を味わえる素朴な感じのカレーです。 


スープカレーは何料理?
札幌発祥のスープカレー。札幌には南アジア系のカレーと東南アジア系のカレーをベースとした汁け多めのカレーがあり、次第にまとめてスープカレーと呼ばれるようになりました。これらをアレンジして様々なスープカレーが作られ、現在広まっているものはどこの料理かといれば日本料理ということになるかもしれません。

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プラウンズカリー(スリランカ風エビカリー)4人分

■材料:有頭エビLサイズ8尾、にんにくみじん切り1かけ分、生姜のみじん切り小さじ1、玉ねぎのみじん切り200g A(ホールクミン・フェネグリーク・カルダモン・レモングラス)各ひとつまみ B(カレー粉小さじ1・青唐辛子小2本・ローリエ2枚・カレーリーフ2枚)ココナツミルク400cc、水150cc、白こしょう少々、食塩適量、ライム1/8ケ
*スパイスなどスーパーでは手に入りにくいものも、業務用食材店でほぼ購入できます。

■作り方:①有頭エビの頭をははずす(とっておく)。身は殻をむき背わたをとり軽く塩・胡椒を振る。②鍋にサラダオイルを弱火で熱し、にんにくを入れて焦がさぬように炒める。③②に生姜と玉ねぎを加えさらに弱火で炒める。④玉ねぎが透明になったら、エビの頭と身を入れAを加える。続いてBも加える。⑤エビに火が通ったらココナツミルクと水を加え中火にする。煮立ったらとろ火にして焦がさないよう数分煮込む。⑥エビの頭を取り出し、白胡椒、食塩で味を整える。⑦皿に盛り、食べる直前にライムを搾って出来上がり。
※有頭エビはアルゼンチン赤エビを使うと良いでしょう。また、油をココナツオイルにし、モルディブフィッシュのチップを加えるとより本場の味に近づきます。

お店では、ご紹介したものと同じものを食べることは出来ませんが、メニューのソースカリーのエビカリーはこのスリランカカリーをアレンジしたものになっています。ぷりっぷりのエビがごろごろ入っていて「美味でございますー!」 (文・三浦菜凡)

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ぐるぐる本舗
住所:函館市本町7-9 日本橋2F
電話:0138-27-4846
営業時間:12:00-14:00、18:00-22:00 休:月(月祝の場合火)
 

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カフェやまじょう 太田誠一さんの映画情報!

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1984年。米映画。 ケヴィン・レイノルズ監督

1971年ベトナム戦争中のアメリカを背景に、大学を卒業する5人の若者が”ツマラナイ大人になる”前に、今一度自分を解放させようと旅に出る。誰もが直面する青春の不安と焦燥を軽やかに描いた青春ムービーだ。「アンタッチャブル」で大当たりするチョット前のケヴィン・コスナーを始めとして出演者の生き生きノビノビした姿がスバラシー。其々の個性が魅力的で楽しく笑えます。
  ファンダンゴとはスペインの踊りだけど「バカ騒ぎ」と言う意味もあり、青春のエネルギーと切なさが見事に描かれており、伝わってくる。最後はちょいと泣けます。時代を表わす、エルトン・ジョンなどのヒット曲の数々もピッタンコで楽しめる。見た時30代のはじめだった私は、妙なヤル気と不思議な元気を発情させた気がする。若い人も昔若かった人も、モ一度、ミテネ。

函館市元町30-5   カフェやまじょう 太田誠一
Tel/Fax 0138-22-3946
http://www6.ncv.ne.jp/~yamajo/
yamajo@ms6.ncv.ne.jp

ボラット的お薦めCD ~編集長大山よりご紹介~

cd.jpg 角煮 “おなかいっぱいになったらねむくなる” 2,100円(税込)
札幌在住の女の子2人によるバンド「角煮」。彼女たちの音楽は単に「ロック」と呼ぶにはあまりにも奇妙奇天烈だが、これが乙女心の内に潜んだ無邪気で突飛なアイディアを実にうまく抽出しているのです(男なので完全には理解していませんが!)。角煮の周りには豊かな音楽性を持ったミュージシャンが大勢いて、ゆるやかに独自のシーンが形成されています。周りの人たちは彼女たちの活動を自然な形でバックアップしていて、こうしてはじめてのCDも完成しました。そこには音楽の理想的なあり方が示されています。今年の春に、角煮はなんと全国ツアーを敢行。それは彼女たちにとって大学の卒業旅行でもあるのです。函館でのライブは4月中旬を予定。
イベントの内容やCDのお問い合わせは090-9080-2934(大山)まで。 (大山紘生)

リレーエッセイ

borap.jpg 巣立ちの春に想う
  春、三月。一年が終わり、リセットボタンを押す。そしてまた、新しい一年が始まる。
現在四十歳の私。今年度は、あっと言う間の一年だった。自分は、この一年、駆け足で何をしてきたのだろうかと振り返るが、とにかく駆け抜けてきたことしか記憶にない。
不登校の子どもと親の居場所「フリースペース自由高原」では、老若男女様々なスタッフと、不登校の子ども達が、週2回活動している。私は、ここでスタッフとして活動を始めて、もうすぐ三年になる。ここでは、せっかちな私がイライラするほど、ゆっくり時間が流れていく。活動は、お料理だったり、ゲームだったり、時には外に出かけてカラオケだったりと、子ども達のやりたいことを中心に計画する。でも、一番多い時間は、テーブルのまわりで、お菓子を食べながらのおしゃべりで、昨日あったできごとや、好きなペットの話しなど、いろいろな会話が飛び交う。
人が、集まり、笑いあい、お互いを思いながら何気ない会話をするこの空間で、ふと気がつくといつの間にか、大人に成長している若い彼等の姿がある。
この三月、私より古株の二人の子どもが、ここを卒業していく。自分の決めた新しい道へと、巣立って行く彼等の足どりは、期待と不安を抱きながらも、ここへ来た時とは違いしっかりと地面を踏み締めている。そんな彼等を思うと、熱いものがこみあげてくる。

  次回は、七飯町 菊地祐子さんから、函館市 加賀屋文代さんへリレーします